今日は神様からのプレゼント

神様と共に今日を生きる

葬式荒らし?

神様からのプレゼント


 このごろ、1か月に2回は死亡通知、2回はメモリアルサービス(告別式)があります。

今週も2か所のメモリアルサービスに出席しました。日曜日にはサンフランシスコで、すぐ飛行機で往復して続いて火曜日にロサンゼルスにて。


 あまりたくさんのメモリアルサービスに出席する機会があり、メモリアルサービスレポーターになれるくらいです。少なくとも、近い将来の自分のメモリアルサービスのときにはどんな茶菓を出したらよいか(??)くらいはアイディアが浮かぶようになりました。



 火曜日に出席した、メモリアルサービスは感動的でした。生まれたときから、骨の問題があって8歳から10歳くらいまでしか生きられないと両親に告げられていた女性が78歳で召されたのです。しかも彼女は障害者の身体で20代で留学。語学学校から始めて、USCの大学院を卒業し、その後、多くの起業に携わり、また福祉関係でも活躍。ロサンゼルスのリトル東京で彼女を知らない人は潜りだというくらい活躍された方でした。

 日本から駆けつけられた姪ごさんのお話では、彼女を囲んでご家族が絶対に彼女が障害者であっても悲しいおもいをすることがないように育てようとみなで誓っていたそうです。


 参列者の皆さんには、お土産の虎屋の一口羊羹、にじやの10ドルギフト券😊とともに次のようなと彼女からの手紙が入っていました。


 ~生きてきたことの意味~


自分に問いかける旅に私の胸をよぎるのは愛おしい人々の温かさです。

つらくて泣いたとき、絶望に嘆いたときに・・そばにいて寄り添い支えてくれたあなたをいつも私は感じていました。


私が暮らした日々を振り返ると・・幼い頃、ラジオ番組『歌の叔母さん』に三度も出場しそのたびに合格の鐘を鳴らした記憶は私の自慢です。良い声だと褒められ好きな歌を声高らかに唄ったことは「生きる力」になりました。そして優しい父、母、家族、友。友。友。多くの方々に囲まれてすごした一つ一つのシーンが温もりと共によみがえってきます。私を産んでから母は成長過程で主治医から、10年ほどの寿命と宣告され、嘆き悲しみ心を傷めたそうですが、何の!何の!お母様・・私はこのロザンセルスで77歳10か月もの人生・・・

人生を・・・生き切りましたよ!


本当にだいじなものは隠れていてなかなか見えませんが、生まれてきたこと。育ててもらえたこと。笑ったこと。出会ったことは私とってその一瞬一瞬がかけがえのないものでした。喜びと幸せにみちていて・・私のすべての日々は・・明日への『生きる力』でした。


人はいつか誰でもこの地球に別れを告げる日は来ます。

私も、皆さまの優しい眼差しと柔らかなほほえみに包まれ、今その時を迎えています。

すべての生命のいとなみは繰り返し、この「星・地球」で受け継がれていく事でしょう。


  この『いのち』と‥すべてにありがとう!


 

 桜とジャカランダが好きなお花だったそうで、この手紙の下にはジャカランダの写真がついていました。私が天国への並木とおもっている木です。


 障害をもちながら、彼女の明るさはとびぬけていました。日本の方は昨年NHK のドキュメンタリーロサンゼルスの小東京の番組の中で彼女を見た方がいらっしゃるかもしれません。

 この手紙は昨年書かれています。そのころ、彼女は私達の教会で受洗されました。その後体調が悪くなり、礼拝に再びみえることはできませんでした。ピアノにも秀でその声もすばらしいものでした。

 彼女の最後の起業は住んでいらした小東京タワーの中で聖書クラスを発足することでした。「タワーズ勉強会」と名付け、多くの日本人の居住者がいる小東京タワーの中でLAホーリネス教会の高木牧師による聖書クラスを提案され、エレベーターの中にも広告を貼り、その日を待ちわびていました。


 その日になる度に酸素吸入器の不都合などが重なり、ついにそれは実現しませんでしたが、高木牧師は次のようにおっしゃっていました。

 「タワーズ勉強会は実現しませんでしたが、このメモリアルサービスには彼女の知人友人が多く参列され、勉強会以上に彼女の信仰をお知らせすることができたとおもいますよ」

 

 

 明るい葬儀社の天井を見ると彼女がジャカランダとともに好きだったという桜が描かれた天窓でした。


 天国が近くなってきました。


竹下弘美

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